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含羞の手紙 

 麻で括られた束の中に、目的のものはすぐに見つかった。手紙はどれも彼宛てだったが、ひときわ白いイタリア製の紙にしたためられた名は、優美な蒼黒の筆跡。こんな風に書けるのは。
 長い指で引き抜くと、カルディアはそれを細い鼻筋に押し当て、眼を閉じた。手紙の主の、すがすがしい残り香を、紙の繊維の奥に探して。
「カルディア様?」
 十二宮に届けられる荷を運ぶ男たちが、黄金の蠍に怪訝そうな声を掛けた。微かに綻んでいた蠍の目元に、危険な色が浮かぶ。
「まだ、何か俺に用か」
「通行の許可を」
「ああ、もういい。通っていいぞ」
 雑兵たちは、降ろしていた荷を再び、屈強な肩に担ぎ上げた。十日に一度、この長い階段を登り、宮の主達に遠い下界からの荷を届ける。必需品の類だけでなく、手紙もその中にあった。首を長くして待つ荷もあろう。カルディア宛の手紙は、その一つだった。

 奥の私室に入り、扉を閉ざして密室を作る。黄金の聖衣を纏ったまま、カルディアはただの人に戻る。一つ一つ、昔の馴染みや遠征先で知り合った誰彼の名を思い出しながら読み、最後の一通に、それを選んだ。
 唇に微笑みを浮かべ、長い爪をペーパーナイフがわりに、カルディアは封筒を開く。
「ん? なんだ、これ」
 彼は小首を傾げ、頭の後ろで尾が揺れた。
 美しい、透かしの入った紙は、どこかの貴族の邸宅に逗留していることを示す。送り主の几帳面さを物語る丁寧な折り目を開いて、カルディアはくっきりした眉を寄せる。
「なんでこれだけなんだよ、デジェルさん」
 丁寧に折りたたまれただけの便箋を顔の前でぴらぴらと扇ぐ。古めかしくも甘くかぐわしい、アイリスとネロリの香水の名残が、艶めかしい時間を思い出させる。

『お前の手が私を開く。接吻を肌に感じる。お前のまなざしが、離れていても私を舐めている。お前の手が私の髪を梳き、私はお前にすべてを』と。
 言葉はそこで途切れ、後は長い余白。

「デジェル、俺に艶文書けよ」
 寝台に息の切れる体を並べ、カルディアはそう、出ていく前の夜のデジェルにねだったものだった。デジェルは突っ伏して、果てた後のゆるやかな波に身を委ねていた。
「艶文か? 私が、お前に?」
「一度貰ってみたいんだ。お前、お勉強できるんだろう? なら、素敵なお手紙の一つや二つ、出してみろよ」
「さて、どうだろう。恋文の書き方など、誰かに習った覚えもない」
 記憶にあるデジェルの言葉は、とろりとした響きを帯びているのに、いつもと同じくそっけない。
「またまた、あるに決まってる。修行先で、貴婦人に手取り足取り」
「カルディア……私は、お前ではない」
と、カルディアの甘い邪推の囁きを封じてしまうのだ。
「なら、お前の書き方で教えてくれよ。お前だけの言葉でさ」
 どうしたら、あの唇から愛の言葉を引き出せるのだろう。長く逢えない時もある、その間何度も繰り返し確かめるよすがが欲しい。
 そう素直にねだればよかったのだろうが、言えないことも、カルディアにはあるのだった。それよりは、肉体を繋ぐ方がまだ容易い。
 デジェルもそう思っているのだろうか?
「……どうしたのだ。そんなに、甘えて」
「暫く、お前とはこんなことできなくなる。今のうちに思い出が欲しいんだが」
 ふ、と甘い溜息が、微苦笑を帯びていた。
「笑うな。遠くからでも、お前の気持ちを教えろよ」
 肌に唇を付ける。微かに残っていた高貴な香水と、新しい汗の香り。舐めると微かな塩味がする。
 まだ恍惚の色が残っていた。汗の珠も引かず、頬を光らせていた。顔を白い枕に埋め、あの切れ長な目を細めて、デジェルは複雑な表情を露わにする。
「書けと言われても、どう書いたらいいか、私にはわからない」
 何度思い出しても笑える。あの朴念仁な言葉と、腕の中に容易く引き寄せられる肉体の差に。
「だから、お前の想っていることを書けばいいんだ。俺にわかるように。どうした、そんなこともできないか?」
「お前は、私をあんな……にしておいて、まだ私に求めるのか」
 あんな、というのは、ほんの少し前までの放恣なひととき。デジェルはその言葉に艶を滲ませた。
「そうだ。お前からはいくらでも、欲しい。体も、言葉も。お前のことだから、素敵な艶文を書けるだろうさ」
「カルディア、お前は?」
 低く甘い囁きに問われて、カルディアは、不埒に動かしていた手を止める。
「私も、聞きたい。お前が私をどう思っているか。聞いた覚えが、まだない。私も、お前の言葉が欲しい」
 ベッドの上で、カルディアはすぐに熱くなる。まだ若いからなのか、それとも相手がデジェルだからなのか。なのに唇は、思うように動かないのだ。
「そんなの、見て、触れば、わからないか?」
 背後から抱いたまま、デジェルの手を取って、下腹部で屹立するものに触れさせた。一瞬引いた指先が、やがて、勝手知ったる風に優しくあやしはじめる。顔を俯け、はにかむ表情を隠しながら。
「わかること、など……お前の……は……欲情だけ、だろう」
「欲情だけなら一度きりだ。何度も抱きたいなら、もう意味が違う」
 指先だけでなく、唇や舌も、デジェルの肌の上で動かし、再び導いていく。デジェルのしなやかな体が、ゆっくりと反応を始める。振り向く菫色の瞳には、いつも羞じらいがたゆたっている。
 絹のように美しい髪に顔を埋めて、しっとりと汗を帯びた甘い香りを嗅いだ。どちらかが遠征で離れる前には、いつもそうして、何もかもを自分の胸の中に刻む。
 足りないのは、言葉だけだ。
「教えてくれよ。何度でも、こうさせてくれる理由」
「あ……」
 低い囁きに、薄く開いた唇からの、躊躇いがちな喘ぎが重なる。つれない恋人。だから、いつもカルディアは飢えてしまう。
「言えないなら、それを、一言書いてくれるだけでいい」
「それで、いいのか……」
 折れる姿勢が見え、すると何故か、こんなことを言いたくなる。
「できれば、俺がそそられるように書いてくれる? お前がいない間にも、お前のことを思って」
「本当に、……馬鹿な」
「俺も書く、お前のを手本に、俺が遠征に行ってる時に出す」
 デジェルは無言だった。もうものも言えなくなっている。その敏感さが、反応する肉体が、いつだって愛しく惜しい。デジェルはすぐに、悦楽の中に逃げ込んでしまうから。
「一行でもいい。書いてくれ。お前の中の、俺を」
 こくり、とデジェルは頷き、カルディアの首に腕を巻いて、深く抱きしめながらキスをしてくれた。けれどそれは、カルディアの愛戯の冴えのせいかもしれない。
「それでな、……せめて一言、今、どんな風にして欲しいか、言ってくれないか?」
 苦笑するが、デジェルはいつも何も言わず、それでいて濃密な欲情の眼差しでカルディアを見つめ、それが彼を熱くした。

「なんだよ、恥ずかしがってるばかりじゃねえか。大の男が、困ったおぼこだ」
 カルディアは、眼を閉じ、その唇を滑らかな紙に押し当て、胸いっぱいに息を吸う。つれない恋人の肌の香りを。
 僅かな文章の後の長い長い空白に、デジェルがいつも冷たい表情の下に隠したものを嗅ぎあてる。
 それを、含羞というのだ。いつだって、ひどく淫らな色合いを帯びていたが。
折り目正しく閉ざされながら、乱す自分の手を待つ衣を、デジェルが言葉を失った後の眼差しを、白い肌が上気してゆく様を、淫らに震えながら上ずってゆく声を、カルディアは白い便箋の中に読み取った。

 こいつ、もう誘っていやがる。こんな恥ずかしげな手紙で、床の中と同じように。
 手紙の続きを、デジェルが帰ってきたら詮議しなければなるまい。もちろん、床の中で。
 いや、今すぐに。もう耐えることなどできない。今すぐに逢いに行ってやる。叱られようが知るものか。この含羞を、手の中に暴いてやると、カルディアは強く思い定めた。

コミケにて配布したチラシです。
今回は新刊が出せませんでしたので……次こそは必ず。

ラブレターを書くのはもじもじするものですので是非カルディアさんにも書いてみてほしいです。

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