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寝物語 

BL的表現が含まれます。ご注意ください。

父さんがここにいたんだ。
その事実を知って、獅子宮にきても、少年には何か理解に遠く、地に足が着かないような心地がした。
彼の知る父は、大理石の宮に暮らすような男ではなかった。彼の家は大地だった。天井は星の空だった。
(父さんには似合わないな)
レグルスは、大きな瞳で遠い屋根を見上げた。吹き抜けていく風が、金褐色の短い髪を掻き回す。長く伸び始めた脛を、短くなってしまったズボンの裾がくすぐっていく。
(枯葉が溜まってるな。床もあちこち雑草が生えてる)
ここに移り住むのは、手がかかりそうだ。
(明日から、手入れが大変だ……ううん、父さんは今の方が喜ぶかな)

「荷造りは終わったか」
ろうそくの灯火が、レグルスの好物を照らしながら小さく揺れている。
品数の多さはシジフォスの心づくしと知れた。しかし何故か、どれを食べても味がしない。
「荷造りなんて言うほどないよ」
「そうか」
彼の師は、いつもの穏やかな表情のまま、己の杯に酒を満たした。これも珍しいことで、シジフォスは普段酒を飲まない。
言葉が途切れ気味なまま、レグルスは師の広い肩と、穏やかに杯を傾ける顔を見ていた。
師弟として、同じ食卓を囲む時間はこれで最後になる。
「随分短い時間だったな。レグルス、お前が手を離れていくまで」
彼の師が、ぽつりと言った。
シジフォスが、同格になる。
シジフォスと肩を並べて戦える。
その全てが、何故か夢の中のことのように、遠い。
(俺、なんだか獅子を貰ったのが嬉しくないみたいだな)
慣れない己の心を、レグルスは静かに分析している。
(誰よりも俺は強い。獅子はその証なんだ。それは当たり前で、嬉しいことなのに)
「ごちそうさま」
食事を食べ終わって、皿を片付けながら、レグルスは言った。シジフォスはまだ杯の酒を舐めるようにして飲んでいる。ゆったりと腰を下ろしたその姿を見ているうちに、何かがレグルスを動かす。
「なあ、後で部屋に行っていいか?」
何故唐突にそんなことを言い出したのか、レグルスにもわからない。心の中の何かにせきたてられて、言わされたようなものだ。
「どうした?」
知らずに木皿を握り締めていた。オリーブの油で手はべっとりと汚れる。
「今日は、シジフォスともっと話がしたいんだ」
シジフォスが何を思ったか、レグルスは知らない。人の心は、彼にはいつもわからないままのものだ。
「……いいだろう、今日で最後だ。俺の部屋で寝なさい」
気遣うように、シジフォスは言った。

シジフォスの寝室は、懐かしい匂いがした。昔、それをレグルスは父の体臭に似ていると思った。今は、シジフォスの匂いだと思う。
二人は、シジフォスの寝台の足元に、藁と何枚もの毛皮と毛布を敷いて、即席のマットを作った。
レグルスがその上に横になると、シジフォスが枕元の明かりを吹き消した。
「シジフォス、シジフォスから見て、父さんってどんな聖闘士だった」
「イリアスのことか」
シジフォスの声に、昔を懐かしむ響きが加わる。
「そうだな……俺にとっては神にも等しい人だ」
「あんたが?」
床の上で寝返りを打ち、レグルスは寝台を見上げる。暗い中に、シジフォスの端正な横顔の陰影が浮んでいる。
「全ての聖闘士にとってそうだろう。彼は、神のように強かった。技も、肉体も、心も。今でも彼に勝てる気はしない」
「俺、父さんみたいになれるかな。獅子宮の主として」
レグルスがそう漏らすと、寝台の上でふっと笑う気配。
「レグルス、イリアスのようになれとは言わない。前と同じではそこに進歩はない。模倣しかない」
まるで諭されているようだ。いや、諭されているのだ。シジフォスは、いつも彼を子供のように扱う。もうシジフォスを追い越しているところさえあるのに。レグルスには時々、それが不満だった。
「お前はレグルスになれ、俺はそう願っている」
「よくわかんないや」
「というのが、俺からの最後の教えだ。ああ、これ以上お前に教えることがなくなってしまったな」
不満なのに胸が波立つ。最後の教えなんて言うな。
(他にもっと話せることがある筈だろ。もっと諭せよ。話せよ。俺は父さんのことが知りたい。自分の知っている以上のことが。そしてもっと別の何かが)
「シジフォス」
レグルスは、ふらりと立ち上がった。シジフォスの寝台の上に乗っていく。起きようとする気配を、レグルスは手で制した。体術はとうに、師よりも上だ。
(あったかいな)
もっと背が低かった頃、体が軽かった頃、昇ったことのあるベッドだった。シジフォスは修練以外の場で、レグルスを我が子か弟のように扱った。この寝台で話したことは沢山ある。聖域でできたばかりの友人や、彼を見てくれる沢山の聖闘士達のこと。母のこと。父のこと。懐かしい体温。
もう、このベッドで二人眠ることはない。ああ、何故もっとシジフォスのことを尋ねなかったのだろう?
「レグルス?」
独りには広いが二人には狭いベッドでシジフォスが不審げに声を上げた。闇の中で、ガラスのように光る瞳がレグルスを見詰めている。
「シジフォス、俺に教えられるのはまだ最後じゃない」
心の中に渦巻くものの正体を知りたい。教えて欲しい。何故こうしたいのかも。どうしてこんなにシジフォスと離れがたいのか。どうして明日が来ると考えるだけで、冬の風に晒されたような気持ちがするのか。
「俺は」
喉が乾く。レグルスは毛布の奥にある強靭な胸の厚みに、額を凭れた。
「俺は何になれる。きっと何にでもなれるんだろうな。けど」
言葉を捜す気配がした。どんな表情をしているだろう、シジフォスは。哀れんでいるのか、怯えているのか。見えないのが惜しいと思った。
「俺はシジフォスみたいになりたい。ううん違う、もっと言いたいことあるけど、わからないんだ」
大きな手が、レグルスの頭を撫でた。まるで子供の頃のように。
「レグルス、どうした。何を不安がっている」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
レグルスは何もわからないままに、シジフォスの頬を両手で挟み、驚きに開かれた唇に接吻した。背中を突き飛ばされるような勢いだった。歯がぶつかり疼痛を生んだ。
シジフォスは、僅かに唇を強張らせたきり抵抗しなかった。レグルスのはじめての接吻を、穏やかに受け入れた。
接吻は、暖かく、僅かに酒の香がした。


「もっと話してよ、シジフォス、あんたのことを……」
声がかすれて、もう話せない。

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Comments

単行本派なので設定の齟齬はご容赦ください。
レグルスかわいいよレグルス

昨日のうちに書きあがっていてこの時間に更新しかもこの内容
世間様に対しすごいバチアタリ感があります
この後どうなったんだろうゴクリ

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