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瀕死の男 

丈高く、筋肉で巧みに鎧われた厚みのあるその肉体は、王侯貴族がもてはやす白大理石の彫刻。
頭に戴いた褐色の巻き毛、秀でた額から繋がる鼻梁、男らしい顎と唇、そこまでは大理石に写せても、青い瞳に浮ぶ誠実の色までは不可能だ。
その姿が、翼ある黄金の聖衣を身に纏って佇むと、古代、大帝国を築いた皇帝達の彫像を超える風格を持った。
彼の視線の先には、常にうら若い乙女がいる。花の盛りにもまだ早い、だが青春は始まっている年頃の。
薄く織り上げた優美なペプロスを身に纏い、そのたおやかな肢体の透明感は、もはや人ではなく、雪花石膏を刻んで命を吹き込んだもののようだった。
が、美しいだけの彫像ではなく、何か清冽なものを感じさせる表情を持っていた。
二人が並び立つと、誰もが息を止めてそのこの世ならぬ姿を見つめた。

「見よ、ハクレイ。あの男は絵になる。射手座の聖衣におさおさ負けてはおらん」
エンタシスの柱の間から、二人の老人が、さらに高みのアテナ神殿を見上げている。
ギリシャの夏の眩い陽光の下、乙女と黄金の男が青い空を背に並んでいた。
「おかしなことだが、この聖戦の黄金達は、いずれも実に様になっておりますな」
「残念ながら、我々の代より、その点は遥かに上よな」
「なんの、顔や姿で戦ができるものなら楽でよいわ」
ふと、翼ある兜を被った老人が、眉根の筋を寄せた。
「由々しいことだ」
「何がだ」
「あの射手座、既に射られている。愚か者め」
「異なことを。あのシジフォスが何に射られたというのですかな」
「忌々しい小童によ」
「意味がわからん。遠回りに言わんでくれ、セージ」

強く、乾いた風が吹いた。
娘の長い髪と裾が大きくはためいた。射手座の男は、片手を大きく広げ、その堂々たる体躯と翼で風をさえぎった。
「ありがとう、シジフォス」
娘の口が動く。男の凛々しい眉の下で、瞳が優しく細められる。
「いえ、これしき。アテナ様」
微笑む娘の顔は、完璧な女神のそれだ。美しい一幅の絵。
ふと、娘の眼差しが動いた。丘の遥かに下を見詰める。
「あら……下にテンマがいるわ。テンマ!」
彼女は急に顔を背け、大きな声を張り上げながら手を振る。
「見えないのかしら。テンマ、ここよ!」
すっかり、人間の少女の顔になっていた。彼女の中にあったのはその時、昔馴染みの友人のことだけだった。
だから娘は見ていない。その刹那の、男を。
何かを言いかけ閉ざした唇と、遠くなったものを追いかけ諦めた瞳を。
彼もまた、聖なる者に仕える存在であることを忘れていた。ただの、何かを求める男の顔になっていた。それは目の前の女で、彼女が決して手に入らないことを知っていた。
しかし彼は、彼女が振り返るまでの短い間に、その顔にいつもの温和な微笑を飾ったのだった。

「我等が総大将を射たのは、エロスの黄金の矢か!」
白い衣の老人が小さな叫びをあげた。それは悲鳴にも似ていた。
「さよう。鉛の矢であれば楽だったものを」
「愛は人を強くするが、しかし……あれは箍を外す男ではないぞ」
「それに期待するしかなかろう。しかしあれは、もう瀕死だ」
兜の老人は、いささかならず苦々しげに呟いた。

シジフォスには私自身すっかり射抜かれた感がある。
小さな女の子の言葉を金言として胸に抱いているあたり、古い詩人のようで素敵。


聖闘士としてのそれから外れた愛はとても困ったことでしょう。
誰か一人のものになれる訳でもないし。なんせ処女神。
「いやーんお似合い」といえる下々と違い、上のほうはいい顔をしないでしょう。

そして私はそういう関係性が大好物。

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