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鴆毒 

「私の帰りが遅ければ、命はなかったかも知れない」
長い髪を持つ人影が、寝台の傍らに屈んで言った。その髪は見事な白金に流れ、背筋の姿を浮かび上がらせる。
「迷惑をかける」
「もう4度目だ。流石に慣れた」
毒を帯びた己の息がかからぬよう、アルバフィカは口元を薄い紗で覆っている。
「シジフォス、貴方も帰還早々忙しいな」
「俺もいい加減、慣れた」
慣れたのは、不肖の弟子の突飛な行動と謝罪にだろうか、この同輩の美貌にだろうか。そこばかり見るのは非礼だと思いながら、隠してもなお目が惹き付けられる美貌をその視界の隅に捉えた。
シジフォスは、様々な土地の様々な人間を見た。言葉も通じぬ土地を歩いた。高貴なる人々の鬘に髪粉を飾った姿を間近に眺めたこともある。
しかし、貴婦人の美は、殆どが過剰な装飾のものだ。美しいと言われる貴公子も、シジフォスの目には飽食に甘やかされた精神がその面に透けて見える。
簡単な衣服だけを身に着けたアルバフィカの姿にはそれがない。
彼は、余分を削ぎ落とした、一重の薔薇だ。
「レグルス、何をしに来たんだ」
寝台で、弟子が目を開けた。アルバフィカの自分よりは痩せた肩がほっと力を抜くのを、シジフォスは見た。
「稽古」
遠い天井を青い瞳で空ろに見上げながら、レグルスはか細く言った。滑らかな顔や腕のあちこちに、薔薇の棘がかすった傷跡が残っている。レグルスを殺しかけた薔薇だった。
「つけてもらおうと思ったんだ」
「双魚宮に寄るなと言っただろう。主の許可のある者しか通れぬのだから」
「何度も言うが、私は君と稽古をすることはできない」
「……けち」
静かな口調のアルバフィカの手が、水差しを持っている。その注ぎ口を、彼はレグルスに含ませた。
「飲んだら、暫く寝ていなさい。少し経てば毒は消える。そうしたらすぐに帰りたまえ」
鳥の巣のようにもつれた弟子の柔らかな髪を、シジフォスはくしゃくしゃと撫でた。レグルスの幼い顔に、安堵が浮んだ。
レグルスが静かに薬を吸い、また眠りについた。二人は静かに枕辺を去り、隣室に向かった。
食堂と厨房を兼ねた、粗末で小さな部屋だった。粗末な食卓だった。椅子は一つしかない。その一つに、シジフォスはぐったりと座り、組んだ指に額を乗せた。
「彼が回復するまで時間がある、茶でも飲んでいくか。毒に汚染されていないものもある」
「……迷惑をかけた上に茶まで、済まない」
「レグルスには才能がある」
アルバフィカが、顔の紗を外し、彼の後ろを過ぎて、竈に向かう。長い白金の髪がたなびき、体に染み付いた薔薇の香りが濃く漂った。フィレンツェで立ち寄った薬局の香水より、それはかぐわしい。
「才能に甘えるので、俺は困っている」
「今回、魔宮薔薇の毒を数時間耐えた。耐性が増しているようだ。彼のような者を弟子にできたらいいのだが」
「魚座のレグルス。……語呂がよくないな」
竈に屈んで火をつけるアルバフィカの笑う声がした。背を向けているせいで隠された、自分も見たことのないその笑顔を、シジフォスは惜しんだ。
「レグルスのことを怒ってはいない。ただ、私の傍に寄るのは危険だ。それをもっと伝えて欲しい」
「ああ」
水を火にかけると、アルバフィカは部屋の外のどこかから椅子を引いて、彼の前に戻ってきた。
「茶といえば、詫びの印に土産を買ってきたのだが」
「それは、前回の詫びだろう」
「ああ。清国の茶だ。何を買っていいかわからなかったので、色々買ってきた」
荷を自分の宮に置くこともせず、シジフォスは射手座の箱を持ち込んでいた。その黄金の蓋を開け、中に仕舞っていた荷を出した。
木箱に入ったもの、紙に包まれた煉瓦状のもの、陶器の壷に入ったもの、様々な荷がアルバフィカの前に積み上げられる。
「そこに仕舞うとは罰当たりな。しかし、ここまで買わなくてもよかろうに」
「実は、詫びの印の前渡しだ。今回の分にも丁度よかったな」
苦笑するシジフォスの前で、鮮やかな陶器の壷を開け、アルバフィカは鼻先に近づける。
「いい香りだ。早速これを飲もう」
湯が沸いた頃、不ぞろいの茶器をアルバフィカは出した。それでも器は二つある。一つは色鮮やかなマイセンのもの、一つは東洋の白地に青い花。
「美味いな」
器を傾けながら、アルバフィカは満足げに言う。
「買ってきておいて無責任だが、俺にはこういうものの味がわからん」
シジフォスは青い花を描いた器の中を眺めながら首をかしげる。辺りの薔薇の香気が濃厚で、茶というものの繊細な風味がわからない。
そもそも、こういう風雅で繊細なものは苦手にしていた。彼の生涯には、研鑽と戦しか存在しない。
(この男も同じようなものなのに。しかし、無口な男だ)
ちらりと眼差しを上げ、滅多に会うこともない同輩の白い顔を眺めた。シジフォスも口が達者な方ではなかったが、アルバフィカは輪をかけて無口だ。第一、他人に交わらぬ男であったので、共通する話がない。
「そうだ、一つ見てくれないか。こういうものも買ったのだ」
言葉の接ぎ穂を探すうちに、あることを思い出した。
「こっちはレグルスのものなのだが、ああ、こっちだ」
砂糖漬けの果物の包みを大量に並べた。それから彼は、躊躇いながらきらびやかなものを取り出した。
「これは、アテナ様に、だろう。随分かけ離れているようだが」
絹で作った異国風の人形と、見事な手箱だ。光る貝を嵌めた蓋を開くと、揃いの柄になった鏡と化粧刷毛が並んでいる。
「何を買っていいやらわからなかった。人形は子供すぎるだろう? かといって、こっちは逆に大人にすぎる気がする。女の子のことはさっぱりわからない」
彼は戸惑ったのだ。異国の地で、身近な二人の子供に土産を買おうと思い、しかし彼らが何を求めているかわからずに。特に女の子のこととなるとお手上げだった。
「アルバフィカ、俺は、どちらを贈ればいいだろうか?」
「私にも、女の子のことなど、全くわからない」
ふと、おかしくなる。男二人額を突き合わせて、買ってきてしまった土産の相談か。
「仕方ない、両方贈ることにしよう。ああ、もう一つあった」
箱の一番下に、それは沈んでいた。手を入れて掴み出す。
「これはお前にだ」
受け取った白い手が厳重な油紙の包みを開けると、まっすぐに首を伸ばして死んでいる小鳥の屍が、半ば閉ざした目でシジフォスを見上げた。
「言われたとおりのものを捕らせたが……それは、何だ?」
アルバフィカは鳥を指先で触ると、軽く舐めた。
「間違いない、私の求めたものはこれだ」
シジフォスには、それが橙色の腹をした柔らかそうな鳥にしか見えぬ。珍しい色と姿を、女神への土産にしようとも思ったのだ。
「綺麗な鳥だな。何に使う」
「決まっている。私の糧になるのだ」
「糧? 食うのか? 干物になった鳥を」
彼の問いに、美しい瞳がやや伏し目がちに、睫の奥から応えた。
「毒は私の糧だ。この鳥は、毒を持つのだ、シジフォス」
「鳥が毒を? まさか」
アルバフィカの端麗な顔は嘘を吐いた気配もなく透き通っていた。
「珍しいようだが、以前、この鳥が棲む島で任務に当たったことがある。そこでこの鳥の羽に触れて、痺れに気付いた。地元の人間も食べぬそうだ」
「そういうことがあるのか」
「童虎にも聞いたことがある。かつて、彼の故郷には毒ある鳥がおり、羽根を酒に浸して毒酒を造ったのだそうだ」
「そうか、生きているものが捕れたら、アテナ様に持って帰ろうと思っていたのだが。毒ではな……」
と自分の幸運に安堵しながら溜息を吐くと、アルバフィカがゆっくりと首を横に振る。長い髪が揺れる。
「鳥を飼うのは、哀れではないか」
「哀れ……?」
「同種の仲間もいないなら、籠の中で一羽飼うのは哀れだ。もう一杯飲むか?」
茶を淹れる手と、彼の手元の鮮やかな鳥と、穏やかな美貌を見比べ、シジフォスは胸を痛ませた。
アルバフィカの手が、茶器に再度湯を注いだ。紅茶とは違い、この種の茶は何度でも味が出るのだと聞いたことがある。
アルバフィカ独りで、自分の買ってきた茶を飲むのなら、飲み切るのに何年かかるだろう?
「と、アテナ様なら仰るだろう。手に入らなくてよかったのだ」
アルバフィカは、茶の湯気の向こうにほのかな微笑を浮かべた。
きっと自分はこの顔を一生忘れることはないだろう、と、そんな予感がシジフォスを支配した。


「もう、アルバフィカのところに行くのはやめろ」
「いやだ、一度稽古つけてもらうんだ」
長い階段を人馬宮に向かって降りながら、シジフォスは弟子の肩に手を置いた。
「そう言って、アルバフィカを困らせるな」
「どうしてだよ、絶対凄いのに。薔薇を育ててるところしか見たことないんだ」
「人の話は聞け」
「俺、もっとアルバフィカが見たい。あの薔薇の毒に負けたくない!」
「それがアルバフィカを困らせるのだ。まかり間違って死んだら悲しむだろう」
「アルバフィカが死んでないから大丈夫だろ」
この聞かない子供に、アルバフィカのことをどう説明したらいいのだろう。
あの、己の血という籠に閉じ込められた毒の鳥のことを?

 
 

 
 
早速獅子+射手です。しかも前回のネタそのまんま3つぐらい入ってるー。
出来上がりを見たらアルバフィカ万歳だったー。
シジフォスも見た目に幻惑され気味ですがしょうがない。アルバフィカだもの。

しかし彼らはいつもどんなところでどんな任務をしているのか。自動書記でSS書くのいくない
王侯貴族に会うような任務ってなんぞや。そもそもアルバフィカさんその毒の鳥がいる場所はパプアニューギニアではありませんか。
聖闘士達が死闘を繰り広げるこの時代、フランスはルイ15世の治世みたいで驚きました。
時代はまさにロココ。
関わりのないところで生を謳歌する人々のために、戦って死ぬ宿命なのですね。

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