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白詰草話 

部屋の隅々まで、埋め込み式の書棚が並んでいる。整然と並ぶ本の背は、いずれも手入れが行き届いており、持ち主の知性を感じさせた。
書き物を綴る机は、ガラス越しの程よい光の中にあった。部屋の主は、そこで、何かをしたためている。
黄金の兜は彼の手元で、その光を跳ね返していた。
遠くから、足音が近付く。金属の触れ合う音を、それは伴っていた。
「よ、デジェル『先生』」
書棚をノックしつつ、男が軽口を飛ばした。そのからかいに満ちた口調は、客のものだった。
「ノックは入室する前にすることだ、カルディア」
部屋の主が顔を上げないように、客もまた、壁を埋め尽くす本に一瞥もない。彼の眼差しはずっと、窓際の机に向かう部屋の主に向けられている。
彼は無言のまま、幾度か目をしばたたかせた。常の挑戦的な表情はない。何か言おうとして口を閉ざし、暫くしてやっと、不敵な色をその顔に取り戻した。
「次からそうするわ。ところで、……ぷふっ」
やがて、客は耐えかねたように噴いた。それまで被っていた不敵さが、再びその顔の上から落ちたようだった。
さして面白くもなさそうに、眼鏡の男は紙の上に鵞ペンを走らせ続ける。
「なあ、デジェル、それ何」
「用件はなんだ、早く言え」
「俺の用より、それ何。なんの真似だよそれ。頭の」
デジェルは、眼鏡を左手で直した。
「私がしたことではない」
「わかってるわかってる、お前がこんな可愛いもんを作る訳がない、な、ははは」
本棚に手をついて、一歩一歩近付きつつ、カルディアは笑いを激しくしていった。
「はは、あはは、駄目だ、ひゃはは、俺、お前の、ひゃは、顔が正視できないわ。それ取ってくれよ!」
「我等が女神が手ずから作られたものだぞ」
「ホントかよ、ひゃはは、ひゃはははは」
のけぞり指差して、カルディアは笑いの発作を爆発させた。
「黄金聖闘士は、女神の名で偽りは言わぬ。それは知っているだろう」
「……やべーだろ、その顔でそれは」
ひいひい言いながら机の真向かいに辿り着くと、苦しそうに下腹を押さえつつ、カルディアはその場にくずおれた。
「腹いてえ……あー涙出た。こんな笑ったの久しぶりだ」
机に縋って立ち上がると、カルディアの手が、デジェルの頭から花の冠をもぎ取った。

「!」
デジェルの手は一瞬遅かった。このとき初めて、彼は顔を上げて客を睨んだ。
「お花の冠ですかい。こんなの見るの久しぶりだな」
顔の前に掲げ、日に透かす。花を一本一本束ね、編み上げて作ったものだ。輪にして、冠にする。女の子がよくする手慰み。
「うん、これは可愛いけど、野郎の頭に乗っかってるとアレだな!」
「お前は笑うが、やはり彼女はアテナだ。知っての通り、アテナは技芸の女神でもある。そこから力を感じないか」
「技芸って、刺繍や織物のこったろ。これは、ちびっこのやること」
「赤子ではなかったことを奇貨とすべきだろう。目覚めていても、赤子を戦場に連れ出すのは人倫にもとる」
カルディアが、向かいの椅子にどかりと腰を落とす。机の上に、黄金色の聖衣に包まれた足を高々と組んだ。デジェルの眉が寄った。
「人倫とかなんとか、俺は、わからんがね。正直、アテナがどうとか、別にどうでもいい。戦いがあれば行くだけだ」
花の冠は、白詰草で編み上げられている。指先でくるくると回すと、青みを帯びた甘い香りがカルディアの周りを包んだ。古い本特有の埃臭さの中で、それは鮮烈にすら感じる。
そしてそこに感じる小さな祈り。
「不敬だぞ、カルディア」
眼鏡が声以上に鋭く光ったが、それを無視した。この花は宝瓶宮の裏手の、小さな空き地に咲いている。
「お前も、女神がいなくても、正義のありかがわかれば戦うだろ?」
冷静な眼差しが、レンズ越しに見詰める。彼は知っている。それでもカルディアは、言葉にせずにはおれない。
「俺にはそういうもんなんだよ、女神ってのは。いてもいなくても当たり前。あの方がただの人間でも俺は構わない。それよりさ、これ、お前に作ってくれたの?」
「時間が余ったので、課外授業で花の観察をした。その時に作られた」
椅子の背もたれに体を預け、顔を天井に向けた。その上に花輪を載せてみる。甘酸っぱい香りが、胸を満たす。
「あー。俺も参加してぇ。女の子ときゃっきゃしながら花輪つくりてぇ。美人の先生ならもっといいな!」
「ギリシャ語のアルファベットから勉強する気があれば、来てもいいぞ。朝10時に来い」
勉強、という言葉に、彼は慌てて立ち上がる。顔から落ちた花を、さっと手に取った。
「やっぱなし。今更勉強なんてしたくねーよ、先生は野郎だし。俺、帰るわ」
「返せ。それと、用とは結局なんだったんだ」
「悪ィ、忘れた。笑いすぎてどっかにおっことしちまった。思い出したらまた来る」
花輪を、デジェルの前に置いた。
騒々しい客が去った後、デジェルはその花の束をじっと見詰めていた。

「あ、カルディアさん」
デジェルの図書館を出たところで、小さく愛らしい声が彼を呼び止めた。
「どうしてここに」
咄嗟に威儀を正した。表向きの、品行方正な言葉使いを取り繕った。
女神が、そこにいた。膝が震え、息が切れている。教皇の間から、ここまで歩いてきたのだろう。下り坂は登り以上に膝に厳しい。
「ここにカルディアさん……カルディア、が、来ている気がしたの」
「へえ、よくわかりましたね、アテナ様」
膝に手を置き、身を屈めて、彼は女神と視線を合わせた。
小さな体に、人懐っこそうな瞳の色。カルディアは、内心の興味をそのままに、少女を見詰めていた。
「気のせいだと思ったんだけど、よかった」
少女はほっとしたように笑った。物おじしない人柄が、雲間の日差しのように透けてくる。
「このカルディアになんの御用ですか?」
カルディアの瞳は、少女の手に向けられている。大きすぎるニケの杖を小脇に、もう一方の手には花輪を二つ、握り締めていた。
「用じゃないんですけど、作ったの。これ。教皇の間のあたりのお花なんですけど」
少女は、手にした花輪を彼に差し出した。白詰草の花輪だった。その手首には、名も知らぬ桃色の花の鎖が巻き付いている。
「へえ、俺にですか?」
流石のカルディアも面食らう。なんで俺? しかし、受け取らない訳にもいかない。
「ありがとうございます。頂戴します、女神様」
いささか大袈裟に、微かに顔を引き攣らせつつも、彼は感謝しつつ受け取った。
「どうして俺にまで?」
「先生のお友達って聞きました。だから、同じがいいかな、って思ったの」
女神はあどけなく言った。友達だから同じがいいだろう、というのは、やはり子供の考え方だ。知恵の女神らしくはない。ほんの僅かな失望を感じた。
いや、と思い返す。女神は、まだ子供なのだ。先行きを考えれば由々しいが、子供だから仕方がない。
「俺のことはお気になさらず。ところで、そっちのは?」
一つ渡しても、彼女の手元にはもう一つ花輪が残っている。それのことを尋ねると、女神はそれを背後に隠した。
「内緒です」
少しはにかんだ顔が、可愛らしい子供だと彼は思った。これから数年で、花が開くように美しくなるだろう。その時まで自分の命があるかはわからないが。
「誰にも言いませんから、ね?」
にこりと笑って、彼は耳を少女の口元に近づけた。
「ほらほら」
少し道化て調子をあわせると、擽られたように少女は笑う。
「内緒だから、誰にも言わないで」
口元に手を沿え、小さな声で、女神は秘密を話してくれた。
「そこなら途中ですから、送っていきますよ」
カルディアは、そのまま、内緒の行き先まで彼女を送っていくことにした。

彼は花輪を回している。天蠍宮の乾いた空気に、花の香りが滲んでゆく。
その中に潜む、形にならない程度の祈り。それは、花と花とが鎖になるように、私も、と囁いている。
これを貰っても、彼の心は変わらない。自分は、戦えるとあれば、女神の目覚めを待つこともないだろう。
彼を燃え立たせるのは、女神への忠誠ではなく、戦そのものだ。生命の燃焼への期待だ。
だが、
「……大の男がこんなんシラフでできっかよ……」
あの少女は、彼をして唸らせる。
「うわ……ホントありえねえ、らしくねぇ、どう見ても似合わないだろ」
じゃあらしいってのは誰だ、アルバフィカやアスミタか、あの辺ならそりゃ似合うけど、どうして俺。そういえば似合わないってったらやっぱりハスガードだろう、あいつ絶対花輪食いそうだよな、なんせ牛だもんな!
……あれ、もう一個、あいつ、どんな面で被るのかね? あの年長者面で、偉そうにしてるのに、こればかりは断れないだろう。
「ぷ、ぷぷ」
こんな可愛い花の冠なんかで、この俺を懐柔しようたってなあ、そうはいかないんだぞ?
「あー! ったく、しょうがねえなあ!」

カルディアは、蠍の尾を頭から外した。
髪をかきむしると、その髪を押さえるように、花の冠を載せた。

 
 
 
 
 
大人でない方は、このタイトルを検索しちゃだめ……!
往年のエロゲのタイトルそのままだからです。
すごく綺麗なタイトルだと思うんだ。

知の聖闘士の設定活かしきれてない感じでちょっと寂しいので
やっぱり先生とか呼ばれるべきだ! 眼鏡だし!
という意気込みを入れてみました。
作品に描かれていないところで、教皇とともに戦術を立てたりしてたのかしら?
次があれば女神へのスタンス不明なただの眼鏡さんとして登場します。
そういえば、十二宮は結構役割分担があって面白いですね。
魚は拠点のセキュリティ、蠍は尋問という名の拷問担当。

どうでもいいけど、帰りはおんぶでもされないと無理よねー
私なら途中で行き倒れる自信がある

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