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灯明の下で 

夕刻の光が、白い人馬宮を黄金色に変えている。
磨き上げられた床に、長い影が落ち、ゆっくりと滑るように歩いてくる。その形は、翼を持った人の姿をしていた。
影は、一人で拳闘の方をつけていた少年の足元に近付き、そして少年は気付いた。
「シジフォス、帰ってたんだな!」
黄金色の聖衣を身に纏ったまま戻った男に、少年が駆け寄り、勢いのまま飛びついた。羽交い絞めにする体制だった。
「帰宅の挨拶としてはあまりではないか、レグルス?」
「何週間延びてるんだよ、みんないつ帰るんだって聞きにくるし、あんまりありすぎて伝言忘れそうだし、みんなんとこで飯食わせて貰ってたら『もうくんな』って言われるし!」
がっしりとした男の体は、それで小揺るぎもしない。そして、僅かに口元を緩め、少年の金褐色をした髪を大きな掌で掻き回し、軽々と引き剥がした。
「最後のは俺のせいではないだろう。単純に食べすぎだ」
「聖衣着てる。教皇の間から戻ってきたんだな」
「報告を先に済ませてきたのだ」
師は、少年の腕に聖衣の箱を押し付けた。猫に似た大きな眼に、ふと何かに気付いたような色が浮んだ。
「随分疲れた顔してないか? 目が赤い」
「大したことはない。いや、多分あの方をお連れしたからだろうな。今までになく肩が凝ったよ」
また、少年の顔が輝く。
「見つけたんだ、女神!」
シジフォスは微かに笑った。しかし、そこに潜む影まで、少年に読み取ることはできなかった。
「ところで何食う? 下の村までひとっぱしりして、何か買ってくる」
レグルスは、早くも駆け出そうとしている。が、シジフォスは再度教皇の間に爪先を向けた。
「すまんが、荷を置きに来ただけだ。今日は一緒に夕食は取れない。コートを、皺にならないよう掛けておいてくれ」
「え、また行くのか? 荷物置きにきただけ?」
振り返りもしない師に、レグルスは子犬のように追いすがる。
「待てよ、疲れてんだろ、せめて晩飯ぐらい食ってから行けよ」
師は何も言わない。やがて、レグルスは師の背を追うのをやめた。
「……わかった、どっかで適当に食ってくる。どっかに泊まる」
「ここにいればいいだろう」
「ここ、俺一人でいるには広すぎて、嫌だ。俺が守護者じゃないし」
「レグルス、ここに独りでいるのは辛いか?」
突然、シジフォスの言葉に突かれ、レグルスは言葉を失った。
言われてみれば、確かにそうだ。自分のものでもないこの宮に独りでいると、何か取り残されたような気がするのだ。
家族を失い、独りきりで獅子を守っていた頃を思い出す。レグルスは認めたくなかったが、周りに誰かがいないと生きていけないのかも知れない。
シジフォスの穏やかな眼差しは、レグルスの返事を待たなかった。
「すまんが、もう一晩だけ我慢してくれ。今、そんな気持ちでいる方が、いるのだ」
「……なら、いいよ、わかった」
「私は明日の朝、戻る。それからは暫く外での任務はない。みっちり鍛えよう」
自分が強く止められなかった理由を、師が去ってから、レグルスは考えた。黄金づくりの翼が隠そうとしても隠せぬ寂寥に、声を掛けることができなくなった。
師は、何もかもを背中に背負ってしまう男だ。シジフォスは、誰かの寂しさまで背負ってしまったのだ。レグルスは子供ながらにそれを理解している。

壁際で、灯明がちちと音を立てて燃える。橙色の炎は、闇の中に丸く浮んで、遥か遠い天井を僅かに照らしていた。
両開きの大きな、アテナの居室の扉。その前で、灯火に光る美麗な聖衣が、腕を組んで彫像のように立っている。
目を閉じて、耳を澄ませ、この寝静まった聖域の全てを聞いている。敵襲、誰かが物語る声、子供の泣く声を。
範囲を広げれば、聖域のふもとの町で行われていることさえわかる。だが、シジフォスが探るのは唯一つだった。この扉の奥、女神が眠っている。
「よう、お疲れ、射手座。お前こんなとこで、宿直の真似事か?」
ふと、間近に声がした。
「マニゴルド、何をしに来た」
目を開けるとすぐ横に、同輩の人を食ったような笑みがシジフォスを覗き込んでいた。腰に手をあて、酷く面白そうに。
「我等がアテナが降臨なされたと小耳に挟んだんで、ご尊顔を拝しに参上した次第よ」
揺れる光に照らされるシジフォスの横顔が、ふと、強い険を帯びた。
「誰が喋った」
「お前のとこの小僧だ。うちに飛び込んできたんで、飯食いがてら聞き出した」
「レグルス、食い物に釣られたか」
舌打ちをするシジフォスの隣に、黄金の聖衣の背中が並んだ。
「小僧が言わなくても、今頃聖域中を駆け巡ってるだろうさ。明日の朝には、聖闘士の靴先で教皇の間は埋まる。で、どんな方だ、女神は」
「既にご就寝あそばされた。今日はお疲れだ、明日出直してくれ」
今、その表情に険を帯びたのは、蟹座の男であった。片方の唇を歪め、
「早速側近気取りか、射手座」
と、揶揄した。毒を含んだ揶揄だった。
「どういう意味だ」
「マント、新品おろしてきたんだぜ」
「それがどうかしたか」
「あーあ、めかしこんできたのによ。色男にはお目通りも許さないと。ま、危険だからね、深夜の俺様は」
ふっ、とシジフォスは失笑し、二人の間に張り詰めた空気が緩んだ。
「確かに危険だ。お前の顔では、この夜中に引き合わせたら怖がる」
「あんたの思いつめた面ほどじゃねえよ、シジフォス」
弛緩した空気が流れかけた時、大きな重い扉が、内側から開いた。
二人の男は反射的に姿勢を正した。白いマントと黄金づくりの翼が、その挙措にあわせばさりと音を立てた。
白く小さな顔が、扉の隙間から外を見、二人目の男に気付いて、扉の影に隠れようとした。
「アテナ様、ここにいるのは私の同輩、あなたの僕です」
マニゴルドが、扉の向こうの少女の顔と、隣の同輩の顔をかわるがわるに見直した。
「……この方が女神か!」
潜めた声は驚きを隠していた。こんなに幼い娘だとは、思わなかったのである。
「礼を尽くせ、蟹座」
言われるまでもなく、マニゴルドは膝を折り、アテナに捧げる礼を取った。
「蟹座のマニゴルドと申します、お見知りおきを、女神アテナよ」
きょとんとして、幼い女神は知った顔を見上げた。ドアをシジフォスに開けられて、おずおずと裸足の一歩を踏み出した。
「礼を受けてください、彼はあなたに忠誠を誓います」
低い穏やかな声が、冷たく長い廊下に響いた。
「……サーシャ、じゃなくて、女神アテナです。マニゴルドさん、よろしく」
あどけない声であった。頬の辺りで切った髪には少し寝癖がついていた。顔はやや眠たげで、隠せない不安が滲んでさえいた。
彼らの女神はそこに、寒そうな薄い麻の寝巻きを着て、素足でこの地に立っているのだった。
「これでいいですか? シジフォス……あの、もう立ってください……」
掻き消えるような語尾の弱さに、顔を伏せたままマニゴルドの口元は緩む。女神らしからぬ女神は、面白い。
「何か御用でしたか。中に侍女がおりましょう、なんでも命じてくださればいいのですよ」
童女は首を横に振った。用はないの、と、小声で言った。
両手で、寝巻の白い裾を掴んでいる。ただならぬ気配に、マニゴルドが眉を寄せる。
「あの、シジフォス……さん……お部屋は、ずっとこんなに広いの?」
「は、こちらがアテナの居室です」
「目が醒めたら、広くて、誰もいなくて」
幼い声だった。シジフォスは、室内に恭しく童女を導き、石のベッドに座らせた。
なるほど、石に覆われたただ何もない部屋だった。飾りになるものもない。子供らしいものはなにもない。
ここは女神のための部屋であって、未だ彼女のものではないのだ。
「広すぎて不安ですか?」
マニゴルドは、こくんと頷いた童女と、見たこともないほど気遣わしげな同輩を、物珍しく見ていた。
「……大丈夫ですか?」
すぐに、幼い女神が、ものも言わずに涙をこぼした。それでも無理に笑おうとして、愛らしい顔がくしゃくしゃになってしまう。
「サーシャ様」
シジフォスの大きな掌が、女神の小さな背中を撫でた。最早、マニゴルドは何をしていいかわからぬ。彼は未だ弟子を持たぬ身だった。
「ごめんなさい、もう泣きたくないのに、またシジフォスさんを困らせちゃう」
「ハスガードのところに行って、ちびどもを借りてくるか? そうすりゃここもにぎやかになるだろ、な?」
マニゴルドは腰を上げようとした。半分は親切心からであり、残る半分は、この湿っぽい空気から逃げるためであった。第一、こんな立派な大人と小さな子供の愁嘆場になんて、まともではいたたまれない。
「いや……いい、話相手は私とお前が勤める。それより貸せ」
シジフォスの手が、白いマントの裾を掴んだ。もう動けない。万事休すだ。
何に、と問う間も与えず、山羊毛の裾は、幼い女神の目元を拭い、ついで小作りな鼻の下に行った。
「!?」
「少し荒いので痛いかも知れませんが、かんでいいですよ」
新品だ、やめてくれと悲鳴を上げることもできなかった。相手は女神であり、彼の仕える対象なのだ。
大きな、涙を一杯に溜めた目が、マニゴルドを見上げ、いい?と訴えている。
「ああどうぞどうぞ、一つやっちゃってくださいよ、景気よく」
ああ、ヘンなところに居合わせてしまったものだ、明日にしておけばよかったのに、と後悔しつつ、マニゴルドは思っていた。女神の血には偉大な力があるが、女神の涙や鼻水のご利益はいかばかりか、と。

 

 
 
 
 
ああなんかヘンなオチが! シリアスに進んでいって肩透かし!
オチに向かって全速力で突き進んだらレグルスは出したくなるし
「射手座は翼つけてるときはマントをしない」ということに気付いて
誰かいい人いないかこういうことされたら凄く似合わない人
ということで我等が蟹さんに出番が。
あとレグルスかわいいレグルス。どんな師弟関係だったんでしょうシジフォスとレグルス。

ぼろぼろのマントは歴戦の証なので、鼻水つきから戻したらいいと思います。

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