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慟哭 

「ヴァンディミオン家の令嬢を騎士団の団長にする、これ以上の栄誉は我々にとってもありますまい」
「誠に。あれにも居所ができるのは、おそらくはよいことでしょう」
「しかし……」
赤い衣の枢機卿は、たるんだ頬肉を震わせながら言った。
「問題が一つございましてな」
聖堂の高い天井から降り注ぐ、神の慈愛と光。枢機卿は、それを背負っていた。
「はて、何でありましょうか」
そのような神の威光も、目の前の男には通じない。
所詮は借り物にすぎぬ力だと思い知らされる。神は、代理人のものなのだ。
男が重く尋ねると、辺りの空気が威厳に呑まれた。高位の聖職者であっても、それを真っ向から受けて、呑まれた。
枢機卿が居心地悪く視線を彷徨わせ、隣に立つ大司教の肘を僧衣で突いた。
迷惑そうにしながらも、大司教は、聖都一の大貴族に、真っ向から斬り込んだ。
「ご令嬢は、果たして今も純潔なのでしょうかな?」
貴族の太い眉が険しく寄った。不興は免れまい。しかし、彼らにも逃げられぬ問いはあるのだった。
「令嬢の乱行の噂は我々の耳にも届いております」
「あれに愛人がいたと、そう仰るのか。笑止な。未婚の女子ですぞ」
「夜ごと決闘に明け暮れたとか、その護衛の剣士を寵愛しておられたとか……」
「論外です。そのようなことは、あり得ぬ」
二人は、顔を見合わせ、後ろめたい笑みを漏らした。
「まあ、純潔でないからと言って、罰則がある訳でもござらぬし、所詮しきたりに過ぎませぬから」
「さよう、所詮しきたりです。その時は、女子修道院長の職でも用意いたしましょう」
既にそうであると決めつけた枢機卿の笑い声に包まれながら、彼は心を決めていた。
「明日、証人を立てましょう。明日のこの時間に、お会いしよう」
純潔でないから騎士団の団長にもなれぬ、ということでは困るのだ。
ヴァンディミオン家の名に、さらに泥を塗ることになりかねぬのだから。
ただでさえ、放蕩に耽る妻の汚名に苦しんでいるのだ。娘だけでも、あの淫蕩な血を継いでいないと世界に訴えねばならなかった。

「お呼びでしょうか」
「修道院長。よく来てくれた」
若者は、美々しい俗服を捨てていた。彼の仕えた令嬢と同じように、祈りの日々を送る人の着る、目の粗い僧衣を纏っている。
貴族の子弟であれば、僧籍に身を置いても俗世で生きることができる。貧乏な部屋住みにしてみれば、俸給の出る名のみの名誉職と言えなくもない。
しかし彼は自らその道に入っていった。全身に残された傷痕と、それによって購った高名だけを、俗世の名残にして。
「あれのことで、尋ねたいことがある」
ヴァンディミオンの当主はおもむろに尋ねた。
「あれは、純潔なのか?」
その言葉を単刀直入に投げかけた後、暫しの空白が生まれた。
「御館様、仰ることがわかりかねます」
無表情な白い顔は、いつもと変わらず微笑みを湛えているように見えた。
男はその中から何かを読み取ろうとはしない。自分の息子といえども、ヴァンディミオンを名乗らぬ若者は、所詮彼にとって路傍の石のような存在に過ぎない。
「お前なら知っていよう。常に傍らに控えていたのだからな。決闘をしたのもお前だ。ならば、どの男とあれが繋がっているかも知っていて当然だ」
「正直に言いなさい。君が漏らした秘密は、我々は一切口外しない」
大司教がそっと横から口を挟んだ。
「お嬢様は純潔です」
若者は辺りをはばかるような密やかな声で、されど噛みしめるようにその言葉を口にした。
細い、いつもどこを見ているのかわからぬ瞼は今も、静かに伏せられたままだった。
「僕が保証いたします。その点にかけて、一点の曇りもありません」
「本当ですかな。貴公には、何か語るべきことがあるのではありませぬか」
「僕は常に、ファルネーゼ様のお側にありました。ファルネーゼ様が近付けたお方も、ファルネーゼ様と親しく語らった方さえ、いらっしゃいません」
「そうではなく、貴公がそうだったのではないかと我々は考えているのだ」
若者は再び口を閉ざした。そして、悲しげに小首を傾げた。
「それならはっきりと訊いてくださればいいのに」
「貴公としか人前では踊らなかったと聞いている」
「気むずかしい方でしたから」
「その体を決闘で傷付けても、褒美の一つも貰わなかったのか?」
若い顔に、冴え冴えとしたものが浮かぶ。屈辱なのか、怒りなのか。
そして若者は、溜息を吐き、気だるげに言った。
「そんなに気になるのなら、処女審査でもしたらよろしいでしょう」
「な……」
絶句する男達の前で、彼はこともなげに囁く。
「前例のないことではありません。王族の離婚、聖女の認定、時々そうなさるではありませんか」
「いや、そこまでしろとは言ってはいない。ただ我々は真実が知りたいだけで」
「僕が何を言ったところで、裏付けるものなどありません。ならそうして確かめるしかないでしょう? ヴァンディミオンの名に傷もつかない。あの方の名誉も守られます」
「不遜ですぞ、たかが修道院長の身で」
じりじりとした憤りが、聖職者の口から放たれる。
申し訳ありませんでした、育ちが悪いもので、と謝罪をし、若者は、微かに苦い表情を浮かべた。
「他の方がどう思われたかは知りません。僕とあの方の関わりが、そのように見えただろうということも承知しています。けれど僕たちの間には、兄妹の清らかな感情しかありませんでした。そのことは、御館様がよくご存じです」

これからも、噂は続こう。令嬢と護衛役のただならぬ関係の噂は。
彼女は騎士団の長となり、彼はおそらくそこでも、彼女を守る役目を与えられる。
それを取り決めて満足げな人々は、彼の声なき悲しみに気付かぬままだ。

久しぶりの走り書きです。

貴族の子弟が、在世のまま僧籍に身を置くことも多かったようです。セルピコもそれを選べたかも知れません。
その場合、彼には貴族の階級があるので、かなり上の位階を与えられるでしょう。
ただ、本当の僧侶になれば、女子修道院でミサを上げる際など、面会の機会が増える筈。そっちを選んじゃうんだろうなあ。

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